カテゴリー別アーカイブ: Europe

Portugal007-Porto

IMG_8646-001

One night luxury  / 宮殿ホテル、欲情、そういう清濁

ポサーダというのはブラジルでは民宿のことを意味していたはずだが、ポルトガルでは宮殿をホテルに改造した高級宿泊施設のことらしい。一泊くらいは、と奮発して私たち4人はポサーダにふた部屋をとった。宮殿の客間だとかサロンだとかさまざまな部屋を抜けた向こうに併設の旧製糖工場があって、私たちはそこに泊まる。

ポルトの街に観光に行くという友人たちを送り出して私はひとり、ポサーダにとどまった。ポルトワインを頼み、つまみと一緒にテラスでちびちびやりながら、異様に甘いワインに何度も咳き込んだ。なんだこのおんな子供用の酒は。まるで風邪シロップだ。かくいう私もおんな子供だけども。

テラスからみえる川面は昼下がりのきつい日差しを浴びてキラキラ銀色に輝き、日差しは部屋の中までも届いた。私はリバービューの部屋を開け放ってポルトガルのギター弾きの奏でる音をゆるゆると部屋の中に投げ放ち、もの悲しいギターのしらべが部屋を満たすのをゆっくりみていた。日が暮れゆき、夕暮れどき対岸にその赤い身をしずめるのをゆっくりみていた。空がまず赤に、ついで紫に、藍にと色を変えていくのをゆっくりみていた。ため息は窓枠を離れて夕風に乗る。川面にうつるすべてのものが、しずかだった。

ああ!
汚いところに行きたい、臭いものが食べたい、場末のおやじたちと話をしたい。ふと、つむじに錐を突き立てられたような痛烈な気持ちで私は思った。いつものように、名前も知らないバーに入ってちょっとどきどきしながら隣のおやじが頼んでいるつまみを頼んで、足元に散らばる鶏の骨や果物のたねや乾きもののかけらや米粒を足でよけて、紫煙もくもく、ビールをあおって、うわーこの魚くっせー、けどうっまー、などと言ってカウンターのおばさんとしゃべりたい。そんな気持ちが溢れてきて、それはもう性欲にも似た、気持ち悪いほどリアルで攻撃的な欲情なのであった。

2014.12.28

Portugal005-Lisbon

IMG_8520-001

Jose-Luis / 靴磨きのジョゼ・ルイス

ロシオ広場を3周も4周もしながら考えた。さっき目が合ったあのおじさんに靴を磨いてもらったら、世界は、変わるだろうか?
自分が何に葛藤しているのかがよくわからなかった。私なぞの足に触れてもらうことに対する申し訳なさなのか、人の後頭部を上から見下ろすという位置感覚に対する申し訳なさなのか、しかもこんな知らない町の道ばたで、こんな外人の私ごときが、私ごときのためにひとさまに働いてもらうなんて、なんだか、悪いなぁ、と思いながら、でもだって、なぁ、と思いながら広場をぐるぐる、ぐるぐる回った。
でもそれは私の良心の痛みなんかじゃなくて靴磨きの仕事に対する無理解なのかもしれないと、私は様々な仕事を格付けする立場にはないのに、なんでなんか悪いなあなんて思っているんだろう、と、この謎の葛藤すらも恐ろしいことである。いずれにしても私の革サボは靴磨きを必要としている。Mis sapatas need cleaning.
それが私の初めて経験する靴磨きであった。

2015.12.27

Portugal004-Lisbon

IMG_8244-001

FADO / もう圧倒的なもの

酔っぱらっていたのも多分にあるけれど、こんなにも涙がさらさらと川のように粘性なく流れてくることに私は驚いた。

さっきまでの女の子はぎっしりと重い声で必死に歌っていて声量もすごかったし何よりパフォーマンス上手で、ポルトガル演歌らしい寂しげラブソングを歌い散らしながら客席を盛り上げていたけれど、いま目の前でファドを歌っているおばさんはあの子とは何もかもが違った。肩の力が抜けていて、ざらついて聞こえるはずのハスキーな声が水の流れのように清涼で透明で、何も纏っていなかったし何も飾っていなかった。でも彼女が流すその川は深くて底が見えなくて、飛行石のような透き通った青の悲しさを沈めているようだった。そしてとてつもなくやさしかった。

伝えたいもののあるひとの歌だ、と思った。逃げも隠れもしないひとの歌だ、と思った。
彼女の声があまりに直截的に響くので、私もまた逃げ隠れする場所を失って、気づいたときには泣いていた。彼女が歌い続ける間じゅうずっと、泣いていた。

2014.12.26

Portugal001-Pombal

IMG_7667-001

So this is Christmas (Eve) / 猫の館のクリスマス

Trenhotelという名の寝台列車はポンバルという名も知らぬ村に朝の5時に着いて、無人の電車駅まで迎えに来てくれたB&Bのおばさんはオランダ生まれということだった。
その日はクリスマスイブで、客は私のほかにひとりもなかった。湯たんぽを入れてつんと冬のにおいのするベッドで、私は朝までたっぷり寝た。朝ごはんのノックで起こされて、その日はずっと裏庭で本を読んでいた。ポルトガル人作家の書いたとてもつまらない自伝だった。
日が暮れると裏庭は寒くなって、じんじんと痛む指先に息をひとつ吹きかけたところで、おばさんがやってきた。上に暖炉があるから、おいでなさいよ。今日はうちの旦那がクリスマスのごはんを作ってるのだけど、あなた、タコ、好きよね。日本人だものね。

はい、タコ、大好きです。そう言って暖炉のあるリビングに上がると猫がたくさんいた。キッチンに立つ旦那を横目におばさんはブランデーを出してくれた。私と同世代の息子が帰省していた。ご飯まで時間があったので、付け足すようにオリーブとソーセージも出てきた。ちょっと恐縮する私に、今日は特別な日だからねと彼女はほほえんだ。私はほとんど反射的にありがとう、と言った。そして、旅した距離を切り売りして歩いているような、大道芸人的な旅人の性を恥じた。や、こんなことで感動したりしないんだからね。
ご飯の後に晩酌していると、ふと女将が目くばせした。旦那は何気なく私に小さな包みを差し出した。今日は特別な日だから、と彼は私に包みを解かせる。それはポンバルの場所に穴の開いたポルトガル型のキーホルダーと、ちいさな2本の鉛筆だった。こんなことで泣いたりしないんだからね、と私は唇をかんだ。気道にありがとうが詰まったのだ。

2014.12.24

Spain006-Trenhotel

IMG_7637-001

Little neighbor in the midnight express, vamos juntos / 深夜特急

ポルトガルへ向かう寝台列車は1室4人用だった。2段ベッドが二つ、うえした、うえした。下の寝台が取れたので安心してごろごろしていたら、同じ部屋に家族連れがやってきた。恰幅のいい黒人のおばさん、というほどの年でもないだろうけど女の人が、ちいさな子供をふたり連れて寝台の上へあがる。上の子が女の子で、男の子の赤ん坊がいた。女の子は下の寝台の私と目が合うとにっと笑った。私が手を振るときゃっきゃと喜び、お母さんに編み込みの髪をほどかれ始めるとギャーと泣いて救いを求めた。
もとより私は無関係の旅人だけれども、だから余計に思うのかもしれないけれど、移動の中に日常があるということに、その日常がとても色鮮やかな子供のおとを伴っているということに、私はなんだか感動してしまった。だからその後うまく寝付けなかったのは子供をあやすお母さんの声のせいだけじゃない。

2014.12.23

Spain005-San Sebastian

IMG_6998-001

Bahia de la Concha, Donostia / 海辺散歩

同行の友人ことキミーと私は、酔っぱらった後の夜の散歩が好物だという点において大一致していたので、その日はサンセバスチャンの海辺へ出た。

夕方ぼそぼそと感じの悪い雨が降る海辺は灰色で暗かった。時間や活気や営みというような、町が持つ動的要素がすべて、澱のように沈殿していて、こういうのが攪拌される瞬間はこの街にあるんだろうかと思うくらい静かだった。ただ波が割れているだけの海辺。

だから全然期待していなかったのだけれども、夜の海の絢爛さといったらなかった。海辺をぐるりと囲う橙の街灯が、ホテルやレストランの明るい光が、まっすぐに群青の海の水面に落ちていた。橙のピンを等間隔に差し込んでいるような、丁寧さ細やかさの果てまで、歩いていると波の音がずっとついてきた。私はまるで裸になったような、自分の内部と海の波のさんざめく外部とがすべて一致してしまったような、きもちのよいトランス状態で、ひたすら砂浜を歩き続けた。ふたりとも無言で、とにかく先へ先へと歩き続けた。海の行き止まりまで行って引き返して、町へ戻ってホテルへ戻るまで、私たちは無言でサンセバスチャンの海辺を歩き続けた。

Spain004-Leitza

IMG_7424-001

Three fluffy white livings / 鈴の音

そよそよと揺れる緑の草の中に私の皮膚も一体化してしまったようで、風はいったいどこから吹き降りてくるんだろう。日差しが山を若緑色と深緑色に二分して、すこし先に友人が寝っ転がっていた。私たちの座っている山の中には何もなくて、ただヤギや羊の胸に下がる鈴の音だけがからんからんと風に乗って届いた。からんからん。からんからん。ヤギと山の生活をテーマにした映画を引いて、友人はそれを、命とかそういうやつ、と訳した。からんからん。命とか命とか、そういうやつ。

2014.12.22