月別アーカイブ: 2016年2月

帰国の黒

「気温は、摂氏、5度」
と、平坦なアナウンスが流れて、摂氏という言葉を聞くのは飛行機の着陸時くらいだなと思う。

羽田の手荷物受取場は深夜帰国の乗客たちでごった返していて、サンフランシスコ、ドバイ、マニラ、電光掲示板に列挙された街に思いを馳せる。
ここにいる人たちは、いろんな国のにおいをまだつけている。においはごちゃっと混ざって、でもそのにおいの余韻から抜け出す寸前の、人びとの高揚と安堵もまたごちゃっと混ざって、税関出口の前に垣根を作る。さあ、東京だよ、東京だよ。

「帰ってきて一番驚いたことはなんですか」
長いこと外国に住んで帰国した人に聞いてみたときの、答えのひとつに「到着したとき、みんな髪が黒くて驚いた」というのがあった。
髪の黒さというのは比喩に過ぎず、日本人の同質性が空港で一層はっきりと見える、ということだと思うが、うん、たしかに、上から見た手荷物受取場は、黒かった。

帰りの電車で偶然友人を見つけた。私はどうやって匿名・無作為の集団を認識しているんだろうなと、帰り道に考える。髪の黒さ、かあ。

日常の中の旅

乗換案内でバスや電車の時間を調べず、
ただ家を出て、バス停に行ってバスを待つ。すぐ来れば乗るし、なかなかバスが来ないときにはちょっと歩いて次のバス停まで行く、商店やコンビニを冷やかす。道路標識を読む。
路傍のベンチに座って白く硬い今日の空を見上げる。まるで石が敷き詰められているようだ。重いな。重い。ブーツのかかとを鳴らし、また立ち上がる。

そうやって結局、目的地まで歩いて行ってしまう。途中の古本屋で徒然草を買った。あれ、目的ってなんなんだっけ?