(バンコク)
夕方のもたついた空気の中で西陽に照らされた、埃っぽい歩道をふらふらと、吸い込まれるように路傍のマッサージ店に入る。一階にひとり、西洋人の客がダルそうに足裏マッサージを受けており、私はその横でざっくり足を洗われた後に3階に送られた。
2階へ上る踊り場に小さな娘が立ちすくんでこちらをじいっと眺めており、年のころはきっと4歳か5歳。2階には黴っぽいマットが何枚も折り重なって積み上げられていて、ここは場末の体育館である。マットの上に女がごろり、スマホをいじっている。スマホのお尻から出るへその緒のような白いちぢれ紐が、彼女の耳まで伝わっていてイヤホンになる。映画のはじまりの長回しのカメラのように、私は階段を、部屋を、女こどもを点検する。もしかしたらピンク系のお店なのかもしれない、と少し思う。
3階まで上がってあたりをぐるりと点検する間もなく、スタンバイしていたオバさん氏が私にパジャマを投げてよこす。おじいちゃんが着ていたパジャマと同じ、くすんだ緑の格子柄で、構造上、男物のパジャマだと分かった。
寝転がり天井を仰ぐとどこからかニンニクのにおいがする。さっきまでこの部屋で誰かが昼ご飯を食べていたのだろう。隣には頭を禿げ散らかした小さなおやじがぐうと楽ちんないびきをかいている(あとでタイ人だと分かる)。ピンクかもしれないが、いびきに乗って伝わってくるのは平和という概念を音の形にしたものだ。
おばちゃんはおもむろにマッサージを始めるのだが、力は強い。肉付きの良い左腕を私の左ひざの後ろに回し、脚を伸ばさせながら、右手の人差し指で鼻くそを掘り出している。その指を使って膝まわりをもむ。どのみち祖父ちゃんのパジャマだ、何がついても構わない。 続きを読む →