月別アーカイブ: 2015年1月

Spain005-San Sebastian

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Bahia de la Concha, Donostia / 海辺散歩

同行の友人ことキミーと私は、酔っぱらった後の夜の散歩が好物だという点において大一致していたので、その日はサンセバスチャンの海辺へ出た。

夕方ぼそぼそと感じの悪い雨が降る海辺は灰色で暗かった。時間や活気や営みというような、町が持つ動的要素がすべて、澱のように沈殿していて、こういうのが攪拌される瞬間はこの街にあるんだろうかと思うくらい静かだった。ただ波が割れているだけの海辺。

だから全然期待していなかったのだけれども、夜の海の絢爛さといったらなかった。海辺をぐるりと囲う橙の街灯が、ホテルやレストランの明るい光が、まっすぐに群青の海の水面に落ちていた。橙のピンを等間隔に差し込んでいるような、丁寧さ細やかさの果てまで、歩いていると波の音がずっとついてきた。私はまるで裸になったような、自分の内部と海の波のさんざめく外部とがすべて一致してしまったような、きもちのよいトランス状態で、ひたすら砂浜を歩き続けた。ふたりとも無言で、とにかく先へ先へと歩き続けた。海の行き止まりまで行って引き返して、町へ戻ってホテルへ戻るまで、私たちは無言でサンセバスチャンの海辺を歩き続けた。

Spain004-Leitza

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Three fluffy white livings / 鈴の音

そよそよと揺れる緑の草の中に私の皮膚も一体化してしまったようで、風はいったいどこから吹き降りてくるんだろう。日差しが山を若緑色と深緑色に二分して、すこし先に友人が寝っ転がっていた。私たちの座っている山の中には何もなくて、ただヤギや羊の胸に下がる鈴の音だけがからんからんと風に乗って届いた。からんからん。からんからん。ヤギと山の生活をテーマにした映画を引いて、友人はそれを、命とかそういうやつ、と訳した。からんからん。命とか命とか、そういうやつ。

2014.12.22

Spain002-San Sebstian

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It’s this time of the year again / お祭り日和

サンセバスチャンでお祭りがやっていた。なんだか朝からうるさいなと思って外に出たら、バスクの民族衣装を着た老若男女が腕に腕を重ねて踊りながら路地を闊歩している。彼らは広場まで行くと腕をほどき、チョリソーやらお菓子やらアップルサイダーみたいなワインやふつうのワインを買い求める。ワイワイ、ワイワイ。

ぎっしりと人で埋め尽くされた広場に入った瞬間に友人とはぐれた。そっこーで探すのを諦め、人の波に流されながらチョリソーを買い、ビールを買い、パンを買い、ワインを買い、二杯めのワインを買い、もう一度次はちがう種類のソーセージ、と思っている間に広場から押し出された。人々はみな陽気で足取りも軽く、空は高く青く明るく、日向も日陰も一様にぽかぽかしていて、海には祭りの音楽が反射して町じゅうがきらきらしていた。

海を歩いて路地に戻るとトランペットの音が聞こえた。つづいて太鼓のリズム。アコーディオン。うた。人並み。一緒に歌う人たち。のめのめ、おどれおどれ。ゆけゆけ。人だかりが左右に揺れているのをみて私は全身が明るい恍惚の中にゆらゆらと沈んでいくのを感じた。きれいだ。きれいだ。

2014.12.21

France003-Hendaye

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Zizzing / ピレネーを越える夢

朝のTGVはしんと静まり返っている。
無理もない。パリの朝は遅い。7時28分パリ発エンダイエ行きの汽車は、窓枠の内側をまだ暗く明けの闇に染めたまま、スペイン国境に向かって延々と南下する5時間の旅を始めたばかりだ。
むっとする暖房のにおいに混ざって、線路の上をひそひそと滑る汽車の音。窓の外の寒さと引き換えに、2等列車16号車の中に流れているのは寝息の連なりだ。
みんなねむっている。あるものは窓枠に、あるものは彼氏の肩に、あるものは友人の鞄に、あるものは椅子の背にもたれ、思い思いの夢を、思い思いの寝息の中に信じている。寝息は意識を煙にまく。時間が、止まってしまったのではないかと私もまた身体の半分を夢の中にもたせ掛けながら思う。

目を覚ますと窓枠に雨粒が流れ、その向こうに白く泡立つ海がみえた。眠っているうちにピレネー山脈を越えていたようだ。
無理もない。ゆうべは明け方まで飲んでほとんど寝ていない。5時間分重たくなったまぶたをもったりと開いて終点のエンダイエで降りて、スペイン側の電車に乗り換える。切符を買うとすでに電車が待っていた。
じゃあ、と友人が言う。Vamos?

2014.12.20

Japan010-Tokyo

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Gave up backpacking turning into a suitcaser / スーツケーサー

2014.12.17

スーツケースを持ったら世界は変わるかな?と思ったのがきっかけだった。もう何年もバックパックで旅していて、スーツケースの取説が必要かしらとも思ったけれど、移行はスムーズに進んだ。私はゆとりある気持ちでワンピースやセーターやフランス語辞典やホッカイロなんていう荷物を詰めた。どれもバックパッカー時代には持ったこともない荷物なのに、厳選しなかった自分を後悔したりはしなかった。荷物に対してやさしくなれることって変化なのかしら?トルコで飛行機を乗り継いで最初の街パリに向かった。
パリで訪れた友人宅は5階建ての5階にあってエレベータがなかった。うわあとボルタリングの岩壁に取り付くときのような絶望感が少々。
掌にタコをこしらえ息を切らしながら上った先に、ヘーイと陽気な声で友人が迎えてくれた。あれ、なに、ユーコ、スーツケースなの?
そうそう、スーツケースを持ったら世界は変わるかなと思って、と私は息も絶え絶えに言い訳した。いや、でも、たったいま、変わったわ、と続けた。