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6-サモア(ファレ内外)/Samoa

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サモア人の多くは、今でも伝統的な「壁のない家」に住んでいる。家っていうか、葉っぱで葺いた屋根の下っていうか。雨よけの空間っていうか。形としては東屋とか草庵とかそんなところだけど、それは休憩とか思索とかの場所ではなく、れっきとした居住空間だ。サモアの人はこの空間をファレと呼び、この中でたべ、ねむり、生活をする。

一晩めは私もびっくりした。草屋根の下に、一組のせんべい布団が敷いてあるだけ。夜になると屋根に蚊帳をつるして眠るらしい。雨が降りこむときはすだれをおろすらしい。え、荷物は?雨は風は?虫は?セキュリティとか、プライバシーとかいうものは?

それが不思議なことに、すぐに慣れてしまった。どころか、すごく心地よく感じるようになった。 続きを読む

5-リトアニア(雨、ビール、花粉)/Lithuania

今のところ、ギアナ三国、バルト三国、コーカサス三国という、三国シリーズを三パターン経験してみたのだが、三ヶ国をいっしょくたにしてはいけないなと思ったのがコーカサス三国(中央アジア)、三ヶ国のグラデーションを肌に感じながら南下したのがバルト三国(東欧)、旅のハードコアさゆえにあまりまともなことを考えられなかったのがギアナ三国(南米)だった。

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4-デンマーク(どんぶり?)/Denmark

私はいままで訪れた場所で出来ている。その集合体を記憶というのはあまりにもったいない気がして、コペンハーゲンの昼下がりを歩きながら、皮膚のひだに入り込んだままのほかの町のにおいをそのままにしていた。なにも動かないように。なにも感じさせないように。すべてすきとおってからだを素通りしていくように。

最近よく思うのが、言語化されていないモヤモヤふかふかとしたものを、それは感情だったり会話がはだにまとっている空気だったり自分の外縁そのものだったりするのだけど、それをことばのかたちにしてしまうともう二度と、元のモヤモヤふかふかには戻れない。だから言語化は、初雪に刻印する足あとのように、雪の平面性やそのしずかな純正さを破壊するものでもあり、あたたかい夢が冬の朝にサックリ切られるような。そんな感じにおもえた。

「それ」を言葉のかたちにしてしまうのはとてももったいない、それはいましかここにないもの、もしかしたらあの朝のまどろみのようにこのまま保持していられるかもしれないもの、流れて消えてしまうならそれでもいいもの、というような気持ちが自分の内側ですごく流行っていた。

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3-ギリシャ(午後の質感)/ Greece

Greece. Calmness in a narrow footpath in Athens. Craving-for-beer feeling in the middle of the small square in Halkidiki. Walking them in the late afternoon I felt somehow Greek, and it might just be my Greece-daydream.

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夕暮れ時、アクロポリスの丘の下では、淡い金色の日差しの内にとろとろと時が流れていた。

私はクリーム色の歩道をゆっくり歩いていた。路肩にいる男がキーボードでかなしげな調べを奏でていて、私の心は少しずつしずまっていった。ちびちびと、本当にちびちびと、歩を進めながら、その一歩一歩のすきまにキーボードの男がまるでひと粒ひと粒をぽろぽろと置くようにしているのに、合わせて、ぽろぽろと、しみじみと歩いていた。 続きを読む

2-イスラエル・パレスチナ(どこまでも)/ Israel/Palestine

Israel/Palestine. A few sunsets soaking my 25-year-old soul. From a hill in Jerusalem and from the beachside in Tel Aviv.

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その夕方、寄せては返す波の際にくるぶしまでひたりながら、きっとこの感覚はずっと忘れないだろうという予感があった。ということをたしかに今でもおぼえている。

私は25歳になったばかりで、就職目前だった。今夜私は帰国便に乗る。つまりこれは私の旅の終わりであるとともに、私のモラトリアムの終わりでもあり、さらに私の人生にあるもっと大きなものの終わりである、とかなんとか、大げさなセンチメンタルで胸をいっぱいにして、私は夕空の前に立っていた。

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1-コートジボワール(反転する家)/ Côte d’Ivoire

Côte d’Ivoire. The place I’ve stayed (and worked) the longest in West Africa. Enjoyed the hustle in the big city of Abidjan; the calm afternoons in the coastal villages; and the gigantic church in the capital Yamoussoukro. Food, dance, new hairstyle, tailoring Ivorian dress, and all the friends I have met (and work of course). Always missing them all. / 2013, 2017, 2018

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3度めのコートジボワールのことを思うと、まず住んでいた家のベランダのことを思い出す。あそこに座っているときに私はいったいどこにいたのだろうと考える。

まだ空の明るい夕方5時に、シャワーを浴びて、ベランダにソファを動かす。ソファの中にくるりとまるくおさまって、朝の間に作っておいたつめたい麦茶をひとすすり、2階から中庭を見おろす。痩せた鹿がのろく草を食んでいる。
庭にはまだ昼の名残りがあり、ただ風の中に、太陽の熟れたにおいがからんでいる。風も一緒に熟れている。小鹿の近くに座る掃除夫も、のろりと草の上で動かない。シャカシャカと西アフリカ的なリズムだけが遠く、流れている。私はあたりの空気の流れと同じくらい愚鈍に、借りた本を読んでいる。すこし昨日のことを思い出す。すこし未来のことを想像する。いまの自分を、空想の中で見る。また本の中に戻る。夏だなあと思う。何かがキラキラしている。何かよく分からないものが。 続きを読む

0-記憶の救出(訪れた118か国のこと)

今でも折に触れて旅をしている。アジアアフリカにいつつ、仕事での滞在とは別に、新しい街との対面や大がかりな移動を含んだひとかたまりの時間を旅というとすると、私はまだ旅をしている。もうそれは、前みたいに大きな旅ではないけれども。

コーカサス地方から東南アジアに戻ってきたが、アゼルバイジャンが人生118か国めで、その118という数字には意味はないのだが、もうだいぶ前から旅の記憶は混交して相互にやり取りを始めているのを知っていたから、今ある状態でとりあえずすくってフリーズさせてみるのも一興という気がしてきた。

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ユルト、紐、2018

カザフスタンに来たところ、アスタナの街があまりに寒く、暖をとるために国立博物館に寄った。

そうすると歴史民俗ゾーンには先史時代の「黄金の間」なんかがあって、大昔のユーラシアの財宝が残っているようなところはロシアの博物館とも似ているのだが、その後、順路をたどって歩き回っているうちに、気づくと19世紀になっている。間にあるはずの、中世だとか近世だとかいう言葉で表現されている(はずの)時代がぽっかりと抜けていて、そのかわりにただ、大きなゲルの展示された部屋があった(カザフではユルトといいます)。

部屋の片隅には中央アジアのシルクロードを横切っていったムスリム商人たちの置き土産的コーランがあるくらいで(いやでもそれをすごいと思った)、他に目を引くものはなく、つまり時を経て残っているであろうものが博物館にしては明らかに不足していた。部屋の真ん中には大きな面積をとって、移動式住居のテントがぴちっと張られていた。大草原の遊牧民の生活を再現するつもりか、あくまでサンプルとして放置される展示用ゲルと展示用の馬を、室内の照明が赤に青に紫にと染めていた。

残るものを歴史というなら、残らないものは歴史ではないのかというとそうでもあるけれどそうでもなく、ポーネグリフは石だけではなく、書かれない時間は書かれないなりに空白を作り出したりもしていて、その空白に、ふっと、自由だと思った。その、創り出されたスペースを、きもちよいなと思った。私は空白が好きだ。

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カザフスタン人の多くがダウンロードしているアプリに、ジュズ(部族)の家系図をたどるアプリがあるらしく、土地にではない場所にアイデンティティを持つのは遊牧民だった彼らにとってはたぶん当たり前のことで、それをなんてすてきなんだろうと思っていた。

ところがその後、アフリカに来たところ、空港に降り立ってむんとする熱っぽい空気を吸い込んで、そのときにこれはもうただいまなのだと知って、どこからがただいまになるのかはよく分からないけれども、どこにただいまと言っているかもよく分からないけれども(大陸か?)、そのただいまの感覚に激しい安堵をおぼえ、私の中には土地に紐づいているアイデンティティもたしかにあるのだ。と思った。

だから地球がさかさになって空の中に振り落とされても、その蜘蛛の糸のような紐をたよりに、てきとうな場所を見上げて二日酔いをさますに違いないのだ。私は空白が好きで、でも自分は空白だけからは構成されていないことを、知っていると思っていたけど改めて知ったような気もする。

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毛皮のコートの下の

(モスクワ)

ヤキマンコ通りに来た。と言うためにモスクワに来た。
というわけでもないけれど、新しい場所へ行こうと決めたときにそれが寒い場所であることによって、なにか得体のしれない緊張感を伴うということがある。
寒い場所は、どうにかなるだろ感を削る。でもその細い場所にいることで、皮膚の外縁がくっきりとして、それはそのまま人間のかたちを表しているようにも思う。しばらく東南アジアにいて外縁をぼやかしていたので、余計に思う。 続きを読む

夜のない夜(バルト三国)

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ロシアでは、日差しが強い日も風はきりきりとさすように冷たかった。そこからバルト三国を南下して1週間。風の冷たさはやわらぎ、街ゆく人々の格好は軽く、薄くなってゆく。リトアニアまで下るとタンクトップ姿もちらほらみえる。

風があたたかくなるのと同時に、夜は長くなる。日没は20分ずつ早まり、日の出は20分ずつ遅くなる。北国の人びとは、冬の間に失っていた陽光を取り返さんとばかりに薄明るい夜を楽しんでいる。夜空が水色であることを喜ぶ。私は夜を取り上げられてしまったと思う、暗がりを取り上げられてしまって、夜の10時にバーで飲む酒はただ軽快で明るい。規則のない学校でいきがる不良は不良ではなく、自由を感じるためには不自由が必要なのだと思う。白夜に夜遊びを取り上げられてしまったのだ。

闇は人の存在する空間ではない。暗がりは究極の不自由だ。そこに薄明かりをともして、消えてしまいそうに小さな人間が精神だけをふくらまして、アルコールを云々することで世界は夜という名を得て目覚める。

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