旅の反省文(その3)

旅人の資格3.決して急がず、決して焦らず

IMG_0664-001

結核菌を獲得した私は、風のよく通る南の島で、サモア人の書いた本を読んでいた。いわく、「ヨーロッパ人は病気だ。彼らは一日を切り刻む」「切り刻まれた部分に、名前を付ける。秒、分、時という名を」

旅にはほんとうは、期限なんてない。
1週間後にあの町に行こうとか、5分後にこのバスに乗ろうとか、会社に申請した8/15までだとか、就職までに帰ろうとか、そういうのは社会が定めているようにみえて自分が定めた、ランダムな期限。だから本当は私たちも、急ぐことはない。アフリカ各地で言われつづけたのは、

「急いでもろくなことないぜよ」
うん、そうだね。

IMG_0677

私は12時発のバスに乗ろうとしていた。

ザンビアとジンバブエの国境にあるリビングストンはちいさな町で、バス停は何の変哲もないただの街角にあった。大きな国際バスが横付けしてきたので、チケットを見せてバックパックを預ける。いざ次の国ナミビア。

ザンビアを出ようとしているそのとき、私はまだ1万円以上のザンビア通貨(クワチャ)を余らせていた。バンジージャンプもクワチャ払いにしたのに。大失敗だ。
その国の通貨はその国のうちに、は鉄則だけど(他の国に行くと両替のレートが悪くなるから)、今回はやむを得ない。多少レートが悪くてもキレずにがまんして国境で替えよう。くやしいけど。そう思っていたら、バス停に両替商がいた。時計を見ると、11時55分、なう。

「ナミビア行きのバスだね。ナミビアドルと交換してあげよう」
「私もうバスに乗るからさあ。国境で替えるよ」
「国境はレートが悪いぞ。俺ならレートよくしてやる」
「ふむ。いくら?」
「いくらある」
「550クワチャある。5,5,0」
「900でどうだ」
そのときの公定レートだと973ナミビアドルになる計算だった。向こうが提示してきたレートは一声めから、まあまあだった。
「970」
「それじゃ商売にならん。930」
「950」
「940、ラストプライス」
「悪くないね。940ねオッケー。私のバスもう発車するから手早く頼むよ」
「ノープロブレム。クワチャをよこせ」
「ナミビアドルも出してよ」
「心配するな、今替えてやるからよ」

おやじは腰に巻いた黒いウエストポーチからナミビアドルと南アランドの交じった札束を取り出すと、ぺろぺろと数えはじめた。1,2,3,・・・9枚。うん、ちゃんとありそうだ。
私も安心してクワチャの札束を取り出し、向こうの差し出す札束と交換した。手元に来たナミビアドルをもう一度数える。1,2,3・・・7枚。おかしい。7枚しかない。
「ちょっと待て、7枚しかないじゃないか。あと2枚出してよ」
「おっと、数え間違えちゃったかな、てへぺろ」
「てへぺろじゃないよ」
「そう怒らないで、ナミビアドル返して」

おやじはナミビアドルを受け取ると、1,2と数えはじめ、ああ、ごめんごめんとばかりに腰からドル札を出して混ぜた。
「はいよ」
「待って、数えるから」
もう一度札束を数える。1,2,3・・・8枚。今度は8枚だ。いちいちせこくて、苛々する。
「ちょっとおじさん、8枚しかない。おかしいでしょ」
「そうか?もう一度数えてみろよ」
おやじはとぼける。私はキレる。
「ふざけんじゃないよ。取引はやめだ!やめ!クワチャ返してくれ」
「いいのか?せっかくいいレートで替えてやるのに」
「こんな詐欺おやじと両替してられるか!さっき渡した550クワチャ、返せ」
「そうかい、仕方ないな」

おやじは肩をすくめると、腰のウエストポーチに再び手を回した。
もっと粘られるかと思っていたのだが、意外にもすんなりと反故に応じてくれたようだ。まあ、両替ができたらタナボタって魂胆だったのだろう。
後ろからバスのクラクションが聞こえた。運転手がどなっている。「出発だ!」
「おっさん!はやく!」
「わかったよ、ねえちゃん。急いでもろくなことないぜ」
「いいからはやく」
「はいよ」
おやじはのろのろと私の渡したクワチャを取り出す。私はほとんど投げように1枚少ないナミビアドルを押し返すと、おやじの手から私のクワチャをむしり取り、バスのステップに上った。バスは私を乗せた瞬間にぶんと出発した。

あんのくそおやじ、イラつくわあ。結局両替しなくてよかったわあ。ぶつぶつ。
戻してもらったクワチャを数えながら通路を歩いた。100,200,300,400,それから50クワチャ。4,5,0。
席番号を見つけたので、クワチャをポケットに差し込んで座ろうと足を入れる。小さな違和感がちくり。それは稲妻で撃たれたような衝撃となって後頭部に走った。
私の100クワチャどこ!

バスはもう発車して、国道に差し掛かっていた。

IMG_0670-001

被害額は2000円。国境近くの民家で公定レートで替えてもらったのでもうちょっとは取り返したと思っていいのかな。
隣の客「おまえ日本人だったのか。中国人だと思われたからカモられたんだよ。鉱山事故以来、ザンビアでは反中感情がひどいんでな。気をつけなさい」

くやしい。「急いでもろくなことないぜ」とは、そのとおり。くやしい。
っていうか、ザンビア人の中国人差別も(ほんとうにそうなのかわかんないけど)、同じアジア人として、なんかくやしい。

げに旅人への道は遠いのであります。反省。っていうか、くやしい。時計を使った両替詐欺に、完敗です。

※旅人の資格あと9つ。

※ザンビアのはなし
Beauty and the Beast(2014.1.26)
アフリカこぼれ話(バンジー)

route9-zambia