Bangladesh000-Tangail(旧ブログ7)

バングラデシュ津々浦々シリーズその7 – 未来のようなもの(すぐ先にあるもののこと)

2012.6.2

 

タンガイルに来た。いつものようにダッカの喧騒を一本そぎ落としに来たのだ。

人の圧力と熱気にぎゅうと押しつぶされるバスの中。びっしり汗をかいて目覚めると、車掌の男の子が通路から私の腕をつついて何事かつぶやいている。私は暑さで押しつぶされた夢から這い上がったばかりで、なかなかそのつぶやきを耳に染み通さなかった。
「プロノバススタンドに着いたよ!降りて」

時間をみると12時45分。ダッカからきっかり3時間。ぐっすり眠っている間にバスは無事タンガイルに着いたようだった。

私は桜の散り際の東京から戻ったばかりだった。つい一週間前まではやわらかくくすんで消えそうな薄光の中にいたのに、盛夏のバングラデシュは容赦ない直射日光で、急にスポットライトを浴びたような気持ちになる。
タンガイルもとにかく暑くて、その頃の私には考えなければならないことがたくさんあった。ひとつ案件が終わるころで、ひとつ進路の決断もして、さて、これからどうするの?
近い未来も遠い未来も考えなければならないことはたくさんあったが、未来のようなものはまだもうもうと土煙に巻かれて見えなかった。
でもそんなのいつものことだ。未来のようなものはいつだって見えない。私はいつだってフワフワと浮ついて生きている。

ちょうど日本人の旅行者が「あなたの夢はなに?」というテーマで意欲的にインタビューをしながら世界を回っていた。私は特にない、と答えていた。それは模範回答ではなかったが、私には特に夢はなかった。今何をする、次に何をする、というその日暮らしの積み重ねがどこかに続いていくのならばよい。私はいつだってフワフワと浮ついて生きていた。

今回はタンガイルで働く日本人の家に世話になることにした。私は彼女のことを敬愛の意味を込めてねえさんと呼んでいた。ねえさんのこしらえた夕食はうまく、冷やした麦茶によく合ったが、私はビールを持ってこなかったことを激しく後悔した。どうしていつも旅をするときに酒を忘れるの?それはこの国のバス移動が過酷だからだ、それは言い訳になるの?いや単に面倒なだけか?と私は眠りにつきながら自問自答を繰り返していた。

翌朝もピーカンの晴れの日だった。寝起きの悪い私はぐずりながらなかなか起きずねえさんを手こずらせた。ねえさんごめんなさい。その日はあるNGOの事務所と、そのNGOの運営するノンフォーマル教育の寄宿学校へ行くことにした。学校で体育を教えている先生が付いてきてくれる。

CNGがなかなかつかまらず、私たちはテンプー(乗合いのピックアップトラック)に乗り込んで頭を屋根にガンガンぶつけながら学校へ向かった。
メインロードを縁取る木々の向こうに田んぼ、田んぼ、畑。こちら側には田んぼ、畑、民家民家。牛が草をゆっくりと食む。
その光景に既視感を覚えて空を仰ぐと、木々の彼方にみやる今日の空はしろっぽい。こんなに晴れて、でも不思議とこんなにしろっぽい。
1年としばらくをバングラデシュに過ごして、あちらこちら田舎を旅してきた。どこも何の変哲もない田舎の風景だったけれど、村ごとに町ごとに色が違う気がすることにそろそろ気づいていた。村ごとに町ごとに川の水の成分や季節風の関係で空気の色がちょっとずつ違うのか。それともその時期の私ごとに涙の成分や言葉の風向きがちょっとずつ違うのか。
書こう、と私はそのときゴトゴト揺れるテンプーの中でやっと思ったのだ。だってこんなにも微細な色の違いに気づいてしまったのだ。外縁から始めて、ダッカにたどり着くまでは書こうじゃないか。

市街地からしばらく走った街外れに寄宿学校はあった。いかめしい門をくぐると大きい緑の校庭が開ける。街外れにあるだけあって敷地は広い。校舎は校庭のはるか奥だ。

校長先生が門の近くまで難儀そうに出てきて言った。
「ごめんなさいね、今日は私具合悪くて相手できないの。でも子供たち喜ぶと思うからぜひゆっくりしていって。楽しんでいってね」
そして私たちを子供たちの輪の中に放牧した。
見慣れないガイジンに対して、お決まりの総攻撃が始まる。ハーメルンの日本人。

「あなたの名前なに」
「ゆうこです」
「どっから来たの?」
「ダッカ!」
「歳いくつー?」
「ヒミツ!あとでこっそり教えるよ」
「えー」
「あなたは何て名前?」
「ヒミツ!」
「えーずるい」
「ふふふ、真似したの!」
「何年生?」
「2年生!ねえ兄弟いるのー?」
「いるよー!妹がいるー」
「鼻ピアスあいていないのね」
「でも耳にはいっぱいあいてるでしょ」
「ほんとだ」
「あなたのピアスもかわいいよ」
「でしょ!ねえこっち来て来て」
子供たちはぐんと私の手を引っ張って校舎へ連れ込もうとする。私も小走りにあとに続く。
こっちの子供たちは屈託がない。子供に限らず大人もだ。異質なものにも無関心を装うことはない。興味を露にするのがダサいとか、なんともない顔をして普段通りに振舞うのが洗練されているとか、そういうふうには考えないみたいだ。

校舎の体育館に座ってひたすらおしゃべりをし、歌を歌い、果物をかじるという会が数時間続いた。小学校と中学校と高校が一緒になった寄宿学校だ、みんなひとつの大きな家族のようだった。
いわゆる年長組の高校生たちもやってきてたわいもないことを話しかける。日本から来たって本当か、どんな国なのか、ここでは何をしているのか。私は空手習ってるんだ、僕はバイオリンが弾けるんだ。
「僕のバイオリン、聴いてく?」
彼のバイオリンは繊細で切れそうな音色だった。弦の軋みを聴きながら、私がティーンエイジャーだったときはこんなに屈託なくはできなかったな、と思った。もう少しすれていて、興味を前面に出すのを格好悪いと思っていた。
「お兄さんお姉さんたちにも甘える人が必要なんだよ」
ねえさんが言った。
「いつも小さな子供たちに甘えられて世話する側だからね」

すっかり遊んでから出してもらったお昼は美味だった。じゃがいものボッタ(スパイス入りのマッシュポテト)にダール(豆)カレーの汁をちょっと垂らし、ご飯とかき混ぜて口に運んでいると指が乾く間もなかった。

「名残惜しいけど」
ねえさんが言った。
「行こうか」
確かに名残惜しかった。この国の子供たちはよくなつくが、ここの子供たちが格別に人なつこいのはここが寄宿学校だからなんだろうか。
生活も勉強も、全部一緒にする家族のような仲間。家族が歓迎するお客さんも遠い親戚のような、なんとなく家族。
「もっと居て!」
子供たちも名残惜しがった。余計に去り難かった。
「ごめんー、もう行くね」
「行っちゃうの?」
「また来るから」
「いつ来るの?」
「うーん、なるべく早く!」
「早くっていつ?」
「来月か、再来月か・・・ちょっと後になるけど来るからね」
「ほんとに?」
「ほんと」
「来てよ」
「すぐは無理だけど、来るからね」
門をくぐると守衛さんがガランと大きな音を立てて錠を下ろした。また来いよ。はいまた来ます。

敷地を出てメインロードまで歩く道すがら、私は体育の先生と話をしていた。
「ねえ生徒は全部で何人くらいいるの?」
「もう100人になるかな。卒業したのは6人」
「そっか、卒業生も出てるのか」
「もう10年くらいやっているからね」
「すごいね」
「そうだね。結婚した人もいる。校舎の入口に写真貼ってあったの見たかい」
「見た見た。めでたい」
「嬉しいもんだよ」
「みんな家族みたいだった」
「そうだね、大きな家族だ」
「子供たちは親の仕事のこと知ってるの?」
「そりゃ知ってるさ」
「そうか」
「寄宿舎に入るまでは一緒に生活していたんだから」
「子供たちは何も言わないの?」
彼はそこでひと息ついて私に向き直った。
「親に?キーボルベ?(何を言うの?)」

帰り道に知人のパン屋に立ち寄った。
パン屋の工房は閉まっていて、招き入れられた家のリビングではハリーポッターがやっていた。何作めだろうか、ハリーたちの髪型と幼さに目を凝らす。
ハリーが蛇としゃべり始めるところで私たちは声を合わせて叫んだ。「2!」
確かにハリーはまだ幼く、顔も崩れていなかった。もう少し早く気づいてもよかったのかもしれない。
「そろそろ行こうか」
ねえさんが言った。
「日の落ちる前に」

日はゆっくりと空から分離し始めていた。しらじらとしていた空がほの赤く、時間を見るとちょうど夕方の5時だった。
リキシャに飛び乗り「ベビーバススタンドへ」というと、ものの10分や15分でベビーバススタンドがあらわれる。
交差点を右に曲がると奥に長い通りが続いていた。
夕方らしい喧騒がそこにあった。リキシャがチリンチリンと通り過ぎて、行き交う男たちは買ってきた野菜や果物を片手に家路を急ぐようにみえる(こちらではご飯の買い物は男の仕事だ)。
向かって左手には茶店や薬屋、小さな出店が並ぶ。右手にはトタン屋根の民家がずらり連なる。
その通りはホテルの廊下のような長い通りに見えた。右手の民家の前には道と並行して溝が走り、ところどころにといのようなまとまりがぶら下がっている。

私たちはゆっくりと通りを奥へ進んでいった。民家の軒先に座る色とりどりに着飾った女の子たちが手を振った。見慣れないガイジンに対してお決まりの総攻撃だ。ハーメルンの日本人。
「あなたの名前なに」
「ゆうこです」
「どっから来たの?」
「ダッカ!」
「歳いくつー?」
「ヒミツ!あとでこっそり教えるよ」
「えー」
「あなたは何て名前?」
「ヒミツ!」
「えーずるい」
「ふふふ、真似したの!ねえ兄弟いるのー?」
「いるよー!妹がいるー」
「鼻ピアスあいていないのね」
「でも耳にはいっぱいあいてるでしょ」
「ほんとだ」
「あなたのピアスもかわいいよ」
「でしょ!ねえこっち来て来て」
女の子はぐんと私の手を引っ張って戸口へ連れ込もうとする。私はあとに続こうか少し躊躇う。そのとき突然、年配のおばさんが切り込んできた。「●☆%*$¥●@@@@@!!」
早口すぎて聞き取れないベンガル語をすごい剣幕でまくし立てると、私の手を引っ張った女の子に詰め寄ってその肩をつかみ、引き剥がした。女の子は驚いて私の手を離し、しゅんとして戸口の中に引っ込んでいった。
おばさんは私たちの方に向き直ってさらに何かをまくし立てる。
「●☆%*$¥●@@@@@!!」
私の後ろに立っていたねえさんが言った。
「早すぎて全部聞き取れなかったけど、あんたたちの来るところじゃないよっていう意味っぽい。ここは入るのやめて数軒先に行こう。私の友達が働いているところあるから。そこでゆっくりしよう」

数軒先に顔を出すと、その瞬間に私たちは歓待を受けた。顔なじみのねえさんはもちろん、見慣れない私にも彼女らは興奮の声を上げた。「名前は?」「歳は?」「出身は?」「ピアスは?」「入って入って」
今回はおばちゃんは飛んで来ない。その代わりにすこし年上の女の子がひとり歩いている出てきて、私の顔を舐めるように撫で回すと、手を引っ張って戸口の中へと招き入れた。どうやら入場資格試験はパスしたらしい。

通りから一歩入った戸口の中には、中庭のような天井のない細い通路がまっすぐに続いていた。左右にトタンで仕切られたプレハブの小屋が鈴なりに並ぶ。部屋に上がるための一段だけの足踏み石が切れ切れに部屋の前に鎮座しているのが、あたかも縁側ふうでなんともいえず落ち着く。私は縁側ふうの足踏み石のひとつに腰をおろすと、夕暮れの光に照らされた通路の奥を眺めた。細く伸びる中庭は、左右に10部屋ほどずつ辿ったところで行き止まりになっていた。それは浅い蟻の穴だった。

部屋ごとに小さな窓と扉がついていた。世話役のオジサンや小母さんが細い中庭をせわしなく動き回り、大家さんのようなオジサンにお金を払ったり、ヤカンにお湯を沸かしたり、赤ん坊をあやしたり。彼らは私たちに一瞥をくれただけで、あまり興味なさそうに仕事を続けた。
かたや女の子たちは興味津々だった。

「どこから来たの」
「今はダッカに住んでるけどもともとは日本だよ、あなたは?」
「カグラチョリ!」
「おお、その近くのバンドルボンなら行ったよ」
「いいな。私カグラチョリとここしか知らないから」
「綺麗なところだったよ」
「私の生まれたカグラチョリも綺麗なところだったもん」
「いいな。家族はカグラチョリにいるの?」
「うんいた、でももういない、と思う。分からないんだ」
「そっか」
「うん。ここに来たのはもう2年も前だから」
「2年かあ。あなた何歳なの?」
「17歳だよ。あなたは?」
「あなたよりはだいぶ年上だなあ」

年齢を正直に言おうか言うまいか逡巡しているうちにチャイがやってきた。向かいのお茶屋さんが差し入れてくれたのだ。バングラデシュのどこのチャイとも変わらず、砂糖とコンデンスミルクのこってりと甘いチャイだった。

チャイを平らげて雑談している間、私はずっと彼女と手をつないでいた。こっちの人たちは人との距離が途方もなく近い。スキンシップも多いのはお国柄。男同士でも手を繋ぐ世界だ、況や女の子同士をや。
私はブータンを旅したときに、私と同い年のガイド(イケメン)がホームステイ先の老婆と話していたときのことを思い出していた。彼は軒先に座る老婆の隣に腰を下ろし、しきりに彼女の手の甲に親指を押し当て、すり込むようにしていた。
このおばあちゃんはこの国が今よりももっと貧しかった時代に苦労して苦労して、毎日雪山を越えてみのりの少ない畑を耕していたんだ。おばあちゃんの手がひび割れているのはそのときの苦労の跡なんだ。だからせめて僕は、おばあちゃんと話しているときは少しでもこの手の深いひび割れがやわらかくなるように、こうやってずっと手の甲を撫でるんだ。こうやって触っていると、いつも僕のおばあちゃんのことを思い出す。

そのときタンガイルの娼館でどうしてブータンの老婆の話を思い出したのか分からなかった。それでも私も気づくとひび割れの無い彼女の手の甲を撫でていた。彼女の手は豊満で美しかったが、かたくてすこしむくんでいた。私は自分の手のあまりの苦労のなさを恥じた。

「日本って遠い国だよね?」
彼女は私の手を握ったまま聞いた。
「そうだね」
「いいところ?」
「いいところも悪いところもあるけど、綺麗なところだよ」
「こことは全然違うの?」
「あんまり変わらないかな。日本の人もお米を食べてお茶を飲む。甘くないけどね」
「お茶甘くないんだ」
「甘くない」
「おいしくない?」
「おいしいよ」
「外国、かあ」
「外国、だね」
遠くを見ながら彼女は立て続けに聞いた。そういえば大事なこと聞くの忘れてた、というように。
「ねえ結婚してるの?子供はいるの?」
この質問は質問攻め文化のこの国ではトップ3に入るFAQなので、私もいつもきちんと答えを用意している。バングラデシュではアラサーの女性が結婚していない場合はワケアリ認定されるのでいつも結婚していると言うのだ。もう少し正直になって、もうすぐ日本に帰って結婚すると言うこともある。でもそのときは何も考えずさらりと事実が口をついて出た。
「結婚してないし子供もいないよ」
「そうなんだ」
「そうなの」
「ねえ、結婚するのって素敵なことだよね」
「だと思うよ。私も分からないけどね」

雑談している間に一人だけお客さんがやってきた。彼は小綺麗ななりをしていた。戸口で私の顔を撫で回していた女の子が、上客と思われる彼を伴って奥の部屋へ入った。

ねえさんはときどきここに来ていた。
「立ち向かうものが大きすぎて私には何もできないから」と彼女は言った。
「ときどき彼女たちの様子を見に来て、話を聞くことしかできない」
その日は一人の女の子が具合が悪いと言って部屋に下がり、彼女を見てねえさんはちゃんと寝ているのか、何を食べているか、などと聞いていた。まるでカウンセラーのようだと思った。

日は落ちて、あたりは暗くなり始めていた。細い中庭の端でヤカンがシュウシュウ音を立てていた。世話役の小母さんが何かを煮込んでいたのでそれは何かと聞いたらアチャール(漬物)だと言ってひとかけら差し出し、自分ももうひとかけらをぺろり。口に含むとなんとも酸っぱかった。

「そろそろ引き揚げますか」
「引き揚げますか」
「私たち行くね」
「行っちゃうの?」
「また来るから」
「いつ来るの?」
「うーん、なるべく早く!」
「早くっていつ?」
「来月か、再来月か・・・ちょっと後になるけど来るからね」
「ほんとに?」
「ほんと」
「来てよ」
「すぐは無理だけど、来るからね」

子供の泣き声がした。細い中庭を通ってころころと小さな子供が走っていた。母と思われる女の子が走る子供をむんずと引っ捕えて部屋に引き入れた。私も付いていくと、2歳なのよとニヤリ笑って寝そべり、おっぱいをあげ始めた。
「あんた子供はいるの?」
「私いないよ。かわいいね」
「まあね」
そこも仕事用兼居住部屋だった。部屋の中にはヒンディー映画と思しきポスターが貼ってあって、ベッド脇の棚に化粧品やアクセサリーが雑然と置いてあった。テレビがザラザラ音をたてて流れていた。あたりが暗くなるのにあわせて、部屋の中は明るくきらびやかに見え始めた。

*        *

「立ち向かうものはこの巨大な娼館街よりももっと巨大なんだ」
NGOの代表は言った。
「政府公認の娼館街が、この国には今12ヶ所ある。ドロウディア、マイメンシン、ジャマルプール、ジョショール、クルナ、フォリドプール、ポドアカリ、クシュティア、あとどこだったっけ。昔はナラヤンゴンジにもあった」
「タンガイルは?」
「もちろん。タンガイルは2番目に大きい。女の子900人いるからね。150年前から続く娼館街なんだ」
「150年前・・・」
そのころ日本はまだ江戸時代末期だった。そしてここはまだイギリス領インドだった。
「ダッカは?」
「ダッカは昔は公認だったけど、今は非公認になっている。そういう場所は色んなところに点在しているけどね」
娼館街の仕組みはこうだ。
15歳から30歳ほどの女の子たち(20歳をすぎた女の子の中には守り手のいない未亡人もいる)が、当初は2年契約で村から連れてこられてくる。不法な人身売買のケースもあれば、仕事があるからと誘われて連れてこられる場合もある。
その仕事の対価は1回100タカのこともあれば、1000タカのこともある。売れっ子の中には1回5000タカをとるものもあるが、上客がつくのは稀なケース。自分の仕事部屋兼居住区である小部屋を借りる賃料も自己負担だ。相場は1日100タカ。お客さんひとり分が毎日の家賃に消える。

「2年経つと女の子は卒業か残留かを選ぶことになる」
「卒業?」
「建前上は。でも彼女たちに未来の選択肢が存在すると思う?」
未来の選択肢。
「この保守的な社会で、いったん売春の仕事をした女の子たちに貼られるレッテルの大きさいかん。村八分って分かる?」
「共同体意識が強いもんね。第二次世界大戦前の日本だ」
「彼女たちは村には帰れない、他の仕事もない」
そのうちに彼女たちはマダム(シャルダニ)となる。彼女たちを村から連れてきた世話役のおばさんだ。女の子たちのマネジメントをして、お金を中抜きする。
彼女たちもまた、若い女の子たちを村から連れてきて、自分の目の届く場所で働かせて、自分は徐々に引退していく。シャルダニは儲けかた次第では月に50万やら100万やら稼ぐこともあるらしい。

「子供がいたよ」
「そうだね。いっぱいいたでしょ。知ってるかい?バブーっていうのがいるんだ」
「バブー?」
「赤ん坊のことじゃない。いわゆるヒモだよ。彼女たちの恋人だ。彼女たちの仕事部屋兼おうちに住み着いて、ただで飲み食いして、彼女たちを癒すのさ」
「彼女らがお客さんを取ってるときは?」
「そのときはどっかに行ってる。ここはほとんど24時間営業だし、相手にする人数は女の子によってまちまちなんだ。実働時間はだいたい4,5時間かなあ」
「4,5時間というと、お客さんひとりあたり30分として、10人くらい?」
「そのくらいさね。客層も時間によってまちまち。朝の10時からお昼の2時ごろまではティーンエイジャーや20代の若いのが来る。お昼から夜8時くらいまでの夕ご飯の時間前は中年層。夕ご飯の後は年寄りだな。大まかに言うと」
「ということはあの上客は」
「中年層ということになるな」

「あの子供たちはヒモの子供なの?お客さんの子供なの?」
「どっちもありうるけど・・・女性は本能的に子供の父親を分かるらしいから」
Women can guess the Fatherと彼はゆっくり言葉を紡いだ。2歳児に対する「かわいいね」に彼女は「まあね」と言っていた。
「僕たちが寄宿学校に入れている子供たちはかつてあそこにいた子達なんだ。子供のときからああやって仕事の場所で育って、ときには仕事中にベッドの下に隠れていて」
「うん」
「子供たちは何もいえない」
「うん」
「いればいるほど子供たちの未来も固定されていくんだ。女の子なら売春の道へ進む、男の子なら世話役。どっちにしたってあの世界で生きていくことになる」
「ここから出られないということ?」
「そう。さっきも言ったろう?この保守的なバングラデシュの社会で彼女らに帰る場所はないんだ」
「結婚するときもすごく相手方のこと調べるもんね」
「そう。結婚も難儀だ。いったん入ったら普通の生活には戻れない、外に出ることすらできない、ここにはそんな場所がいっぱいある」
「公認されているだけで12ヶ所・・・」
「アンダーグラウンドなものを入れたら数え切れないよ。この仕組みのことはみんな分かってるんだ。それでも目をつぶっている。150年続いているということの意味が分かるかい?」
「既得権益」
「そう。この業界で動いているお金は桁違いだ。警察は1件につき目をつぶる代金1月500万タカを手にする。他にもね、政治家、マフィア、医者、弁護士。裏にとても大きなものが動いているんだ」
「弁護士」
「年齢や出自を書き換えるための身分証作り、政府との折衝」
「医者」
「薬の処方」

彼女たちはお客さんをとるために豊満な身体つきにならなければならず、ホルモン剤を飲むという。ジェネリック文化のこの国で薬は安い。ときには医者の処方が必要な薬も出てくる。摂取量は自然と増え、中毒性のある薬は少しずつ彼女らの身体を蝕んでいく。

「子供はその現場にずっといるんだよね」
「そうだね。当初は僕たちも寄宿学校でなくて普通の学校の形で、勉強だけ教えていたんだよ。でも子供たちは娼館に帰ると学校のことなんかすぐ忘れてしまう。環境が勉強も友達も他の世界も全部塗り替えるんだ。そしてそのうち通わなくなる」

「立ち向かうものはこの巨大な娼館街よりももっと巨大なんだ」
彼は繰り返した。
「自分たちにできるのは、負の連鎖を断ち切る努力だけ」

帰り道、通りの隅に老婆が座っていた。夜も深まって道はしずかで、老婆は物乞いをすることもなかった。彼女には家がなく、住んでいる場所はこの路傍だった。蚊帳をつるす屋根もないから彼女は折れた蚊取り線香に火を付ける。一本、二本。風が出てきてマッチにはなかなか火が点かず、小さく焦げたにおいだけがつと漂って闇に紛れた。
彼女もまたねえさんの話し相手だった。
今日は何食べた?今日も何も食べていない。今日もって?昨日はパンを食べた。身体の調子はどうなの?背中が痛い。関節も痛い。もう歳だから。
歯の抜けた彼女のしゃべる言葉はスースーと抜けて聞き取りづらい。耳を近づけ手を握ると、しなびた手に深い皺がいくつも刻まれていた。私は気づくとひび割れた彼女の手の甲を撫でていた。私はもはや自分の手の苦労のなさを恥じることもできなかった。

「なーんにもちがわないのに」
家に帰って冷えた麦茶をコップに注ぎながら私はねえさんに話しかけた。
「本当にね。いい子たちだよ。彼女らは本当に普通の女の子なんだよ」
「うん」
「娼館にベンガル人の女性が来たことがあるんだって。女性たちは彼女らを見て泣くんだって」
「泣くの」
「そう。あなたたち可哀想、って、今まで会ったこともない人たちが自分たちのことを見て、泣くんだよ」
ねえさんは続けた。
「彼女らに対して、あなたの夢はなに?だなんて、けっして聞けない」

彼女らの先には子供たちがあって、彼女らの先には老婆があった。
今何をする、次に何をする、というその日暮らしの積み重ねはどこに続いていくんだろう。

握りしめた私の左手の甲はフワフワと柔らかい膜に守られていた。私はいつだってフワフワと浮ついて生きていて、いつだって未来のようなものは見えなくて、私の先には大いなる旅があった。

未来のようなもの。私は歯を食いしばった。私に涙を流す資格などない。

(Special thanks to neesan)