見知った夜

(南の島)

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(の夜)

朝になると澄んだ青い水面の揺れる海は、夜はただのっぺりと黒い。
夜中の12時にはボーと船の汽笛の音がする。冗長に響くその低い音を聞くと、この世界に私ひとりじゃないんだという気がして安心する。私は高台のテラスから、黒く塗りつぶされた暗闇の向こうを眺めている。オレンジの灯りだけがぽつぽつと、港のかたちを縁どっていて、こういうの、知ってるなあ、と思う。

久しぶりに、本当に久しぶりに、初めての場所に来た。ここ最近、新しい場所に行くのが怖くなっていて、確かにしょっちゅういろんなところに行っているのだがそれらは一度行ったことある場所で、セミ・ホームとでも呼べるかどうかは分からないが、見知った場所だったし、しかもたいていはひとりではなかった。とはいえ今回もひとり旅はこの島に長居するくらいなものなのだが、実際に来てみると、こんなもんかあ、と思う。こんなもんだったよね、私、そういえばずっと。などと。

結局どこに行っても何も変わらなくて、でもどこかに行くことで過去や未来を無効化することができる。その「ちっぽけだよね」感は、どこかに行かないと思いもしないから、私も結局、私のまわりにある全世界感にとらわれているのだと、思うのだけど。

こういうの、知ってるなあ、と思ったひとつは、カーボベルデのミンデロという、モルナ音楽の流れる港町で、宿のテラスから見る港のかたちがこことそっくり(な印象を受ける)なのだった。(本当はどうか、まだ照合していないけど)

海を画定する水平線が、港のうちに控えめに抱かれていて、特に綺麗というわけでもないけれど、でもやっぱり青々としていて、まるで青々と茂る緑のヤシの群生のように、ただそこに青々と、港の中に海が入り込んできているというだけでなんだか説得力があり、そして西向きだった。

小さな町は、それでも多少観光地化されていて、観光客向けの目抜き通り(と呼ぶほどの長さもない通り)を歩いていると、かすかな海のにおいと、すごく強い埃のにおいがした。バックパッカーもちらほら見えて、地べたに座り込んだ呼び込みの男の子はまったくやる気がなく、慣れているのにスレていない感じが心地よいのが、ちょっと、エルサルバドルの港町をほうふつとさせて、あそこはサーファーの町だったけどここはダイバーの町なのだ。

なーんて、結局見知らぬ場所も見知った場所を招き入れて、ちょっと知った場所っぽくなっていて、でも、安心感ってそういうところから来るのかなあ。

テラスに立ち上がって目をこらすと、すべるようにゆっくりと港に入ってくる船は思ったよりも大きくて、きらきらと光っていて、私は勝手な親近感をおぼえ、ビール瓶の中にもう何も残っていないのに、なんだか誰かと飲んでいる気分になってもう一度瓶に口をつけた。空を見上げると星はきれいに雲に隠れていて、私はビールが好きなわけじゃなくてこれはもう腐れ縁というか惰性というかただ旧友のようにこんな夜にずっと近くにいてくれる人だからというそれだけだ、などと、まるで言い訳するように思った。そしてそんな感じのひとのことを考えた。
ああそうやってまた、見知らぬ場所に、見知った場所を招き入れる。

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