月別アーカイブ: 2015年2月

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Jose-Luis / 靴磨きのジョゼ・ルイス

ロシオ広場を3周も4周もしながら考えた。さっき目が合ったあのおじさんに靴を磨いてもらったら、世界は、変わるだろうか?
自分が何に葛藤しているのかがよくわからなかった。私なぞの足に触れてもらうことに対する申し訳なさなのか、人の後頭部を上から見下ろすという位置感覚に対する申し訳なさなのか、しかもこんな知らない町の道ばたで、こんな外人の私ごときが、私ごときのためにひとさまに働いてもらうなんて、なんだか、悪いなぁ、と思いながら、でもだって、なぁ、と思いながら広場をぐるぐる、ぐるぐる回った。
でもそれは私の良心の痛みなんかじゃなくて靴磨きの仕事に対する無理解なのかもしれないと、私は様々な仕事を格付けする立場にはないのに、なんでなんか悪いなあなんて思っているんだろう、と、この謎の葛藤すらも恐ろしいことである。いずれにしても私の革サボは靴磨きを必要としている。Mis sapatas need cleaning.
それが私の初めて経験する靴磨きであった。

2015.12.27

Portugal004-Lisbon

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FADO / もう圧倒的なもの

酔っぱらっていたのも多分にあるけれど、こんなにも涙がさらさらと川のように粘性なく流れてくることに私は驚いた。

さっきまでの女の子はぎっしりと重い声で必死に歌っていて声量もすごかったし何よりパフォーマンス上手で、ポルトガル演歌らしい寂しげラブソングを歌い散らしながら客席を盛り上げていたけれど、いま目の前でファドを歌っているおばさんはあの子とは何もかもが違った。肩の力が抜けていて、ざらついて聞こえるはずのハスキーな声が水の流れのように清涼で透明で、何も纏っていなかったし何も飾っていなかった。でも彼女が流すその川は深くて底が見えなくて、飛行石のような透き通った青の悲しさを沈めているようだった。そしてとてつもなくやさしかった。

伝えたいもののあるひとの歌だ、と思った。逃げも隠れもしないひとの歌だ、と思った。
彼女の声があまりに直截的に響くので、私もまた逃げ隠れする場所を失って、気づいたときには泣いていた。彼女が歌い続ける間じゅうずっと、泣いていた。

2014.12.26

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So this is Christmas (Eve) / 猫の館のクリスマス

Trenhotelという名の寝台列車はポンバルという名も知らぬ村に朝の5時に着いて、無人の電車駅まで迎えに来てくれたB&Bのおばさんはオランダ生まれということだった。
その日はクリスマスイブで、客は私のほかにひとりもなかった。湯たんぽを入れてつんと冬のにおいのするベッドで、私は朝までたっぷり寝た。朝ごはんのノックで起こされて、その日はずっと裏庭で本を読んでいた。ポルトガル人作家の書いたとてもつまらない自伝だった。
日が暮れると裏庭は寒くなって、じんじんと痛む指先に息をひとつ吹きかけたところで、おばさんがやってきた。上に暖炉があるから、おいでなさいよ。今日はうちの旦那がクリスマスのごはんを作ってるのだけど、あなた、タコ、好きよね。日本人だものね。

はい、タコ、大好きです。そう言って暖炉のあるリビングに上がると猫がたくさんいた。キッチンに立つ旦那を横目におばさんはブランデーを出してくれた。私と同世代の息子が帰省していた。ご飯まで時間があったので、付け足すようにオリーブとソーセージも出てきた。ちょっと恐縮する私に、今日は特別な日だからねと彼女はほほえんだ。私はほとんど反射的にありがとう、と言った。そして、旅した距離を切り売りして歩いているような、大道芸人的な旅人の性を恥じた。や、こんなことで感動したりしないんだからね。
ご飯の後に晩酌していると、ふと女将が目くばせした。旦那は何気なく私に小さな包みを差し出した。今日は特別な日だから、と彼は私に包みを解かせる。それはポンバルの場所に穴の開いたポルトガル型のキーホルダーと、ちいさな2本の鉛筆だった。こんなことで泣いたりしないんだからね、と私は唇をかんだ。気道にありがとうが詰まったのだ。

2014.12.24

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Little neighbor in the midnight express, vamos juntos / 深夜特急

ポルトガルへ向かう寝台列車は1室4人用だった。2段ベッドが二つ、うえした、うえした。下の寝台が取れたので安心してごろごろしていたら、同じ部屋に家族連れがやってきた。恰幅のいい黒人のおばさん、というほどの年でもないだろうけど女の人が、ちいさな子供をふたり連れて寝台の上へあがる。上の子が女の子で、男の子の赤ん坊がいた。女の子は下の寝台の私と目が合うとにっと笑った。私が手を振るときゃっきゃと喜び、お母さんに編み込みの髪をほどかれ始めるとギャーと泣いて救いを求めた。
もとより私は無関係の旅人だけれども、だから余計に思うのかもしれないけれど、移動の中に日常があるということに、その日常がとても色鮮やかな子供のおとを伴っているということに、私はなんだか感動してしまった。だからその後うまく寝付けなかったのは子供をあやすお母さんの声のせいだけじゃない。

2014.12.23