帰国の黒

「気温は、摂氏、5度」
と、平坦なアナウンスが流れて、摂氏という言葉を聞くのは飛行機の着陸時くらいだなと思う。

羽田の手荷物受取場は深夜帰国の乗客たちでごった返していて、サンフランシスコ、ドバイ、マニラ、電光掲示板に列挙された街に思いを馳せる。
ここにいる人たちは、いろんな国のにおいをまだつけている。においはごちゃっと混ざって、でもそのにおいの余韻から抜け出す寸前の、人びとの高揚と安堵もまたごちゃっと混ざって、税関出口の前に垣根を作る。さあ、東京だよ、東京だよ。

「帰ってきて一番驚いたことはなんですか」
長いこと外国に住んで帰国した人に聞いてみたときの、答えのひとつに「到着したとき、みんな髪が黒くて驚いた」というのがあった。
髪の黒さというのは比喩に過ぎず、日本人の同質性が空港で一層はっきりと見える、ということだと思うが、うん、たしかに、上から見た手荷物受取場は、黒かった。

帰りの電車で偶然友人を見つけた。私はどうやって匿名・無作為の集団を認識しているんだろうなと、帰り道に考える。髪の黒さ、かあ。