旅の反省文(その12)

旅人の資格その12.帰ること

ピーターパンって、どういう風に終わるか、知ってますか?

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考えてみると、よく知らない。覚えているのはピーターがフック船長をやっつけて、ウェンディたちを奪回するところまで。

えーと、その後、ピーターはネバーランドに残るんだっけ?残るよね、さすがに。
(ってか、なんで帰らないんだろう?)
で、ウェンディたちは帰るんだよね?たしか。さすがに帰るよね。
(でもどうして、帰るんだろう?)

いや、まさか、「ウェンディはピーターと結婚を誓って、ネバーランドに残り、ふたりは仲間たちに囲まれて幸せに暮らしました」
・・・なわけないよなあ。
気になる。

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クエンカは涼しくて、秋のにおいがした。もう飽き飽きしていたはずのコロニアル風の石畳も、秋の夜風に撫でられればつるりとやさしく、心に染み入るような気がした。私は旅に疲れていた。
アマゾン川上りはあまりに情緒的で、ハードで、クライマックス感があった。最後の2ヶ国、エクアドル・コロンビアはもう消化試合だ。
帰国を前に私はまだなんだかぐずぐずしていた。夢から覚めたくない日曜日の朝は何度もめぐる。
目覚めなきゃ。んー、わかってるよ。でももうちょいさあ。二度寝ってさあ、きもちいんだよ。んー、でも目覚めなきゃ。
久しぶりに日本に帰るのは憂鬱で、怖くもあった。

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私はタンザニアにいるときに2週間ほど、日本に一時帰国していた。旅に出てちょうど8か月の時期。おばあちゃんが手術ミスで危篤だという報せがあったからだった。
私が帰国したときには山場は越えて、もうだいぶ安定していた。それで、まだ入院中のおばあちゃんに、日本を出ますとバックパックを持って挨拶して、もう会えないかもしれないという不安で胸がきゅうと細くなりながら、それでも自分の身体を引き剥がすように成田へ向かった。
成田エクスプレスの中でずっと思っていた。そうまでして、なんで私は旅をするのだろう?
旅を再開しても、しばらくはこの疑問が胸の中に居座っていた。

でもそうこうしているうちにおばあちゃんは回復して、メールやSkypeをよこすようになった(今やLINEでスタンプすらよこす)。私が旅先から出すたくさんの葉書をよく勉強していて、「あの、カーブなんとかっていう島国を、地図帳で見つけたわよ。探すのに苦労したわよ」などとドヤ顔をする。
カーボベルデの存在を(ちょっと惜しいけど)知ってる86歳のおばあが日本に何人いるんだろうかと思って、私もちょっと、胸を張る。

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彼女はもちろん私に早く帰ってきてほしいので、メールでいろいろと催促をしてくる。私もそれをのらりくらりとかわしながら、やり取りするたびに、そろそろ帰らなきゃな、なんてふんわりと思う。
「いつ帰ってくるのかしら」
「やっと南米に入ったから、(2014年の)年明けには帰るよ」
「今しかできないでしょうから、楽しんでいらっしゃい」
うんうん。物わかりがよくてよろしい。

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「いつ帰ってくるのかしら」
「ブラジルのカーニバルに出ることにしたから、3月に帰る」
「指折り数えて待っていますよ」

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「侑子さんはいつ帰ってくるんでしょうかね」
「資金ショートにより、4月には強制終了の予定」
「あらあら。首を長くして待っていますよ」

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「まあ5月中には」
「いつになるのかしら」

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「6月には帰るからね。5月17日、ただいまエクアドルのクエンカです」
「指折り数えて待っていたときの気持ちはうすれました」

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えっ!
なんだか見離されてしまったような、かなしい不安感がつむじ風のように、さあっと身体の中に巻き起こったことを覚えています。それから私は航空券を調べ始めたようです。
日記の記録は正確で困る。

そういうわけで、旅から帰り始めた引き金は、おばあちゃんのメールだったような気がします。待っててくれる人がいてこその冒険なんだなあと、それは平凡でシンプルで、たしかな真実。

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さて、ウェンディは帰るんだけど(さすがにね)、どうして帰ることを決めたんだろうか?

南の島で私はピーターパンを読んでいました。
それは旅立つときに荷物に入れた、10刷のピーターパン(発行年は1989年!)。読み終わっちゃたら私の旅も終わっちゃう気がして、それが怖くてバックパックの底にねむっていた本を、今回ついに読み通すことに決めたのでした。

別にオチっていうわけじゃないから、話してもいいよね。
それはピーターたちがフック船長との戦いに挑む夜のことでした。

ウェンディはネバーランドで、迷子の子供たちにたくさんのお話を聞かせてやります。
今晩のお話は、星のきれいな夜、妖精の粉を振りかけられた3人の子供たちが空に飛び立ってしまった、ロンドンのとある家族のことです。
「その家のお母さんは、子供たちがネバーランドで遊んでいる間も、ずっと子供たちを待って、子供部屋の窓を開けておくのです。そして何年か後に、遊び疲れた子供たちは自分たちの部屋に帰るのでした」

「そんなにうまくはいかないんだ」と、お話を聞いたピーターは悲しそうに言います。
「僕が帰ったときには、子供部屋の窓は開いていなかった。そして僕のベッドには新しい子供がねむっていたんだ」

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最後の旅人の資格。
帰ること。どんな場所に行っても、何をしてても、インディアンを助けても人魚と出会ってもフック船長と戦っても、ワニに食われそうになっても、何があっても帰ること。
ほんとうに大事なのはただひとつだけ。帰ること。

※ちなみに、ピーターパンの最終章の目次は、「おとなになったウェンディ」でした。気になるよね。うふふ。

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